暮れゆくテロの年
暮れゆくテロの年
Trump, Biden and the Future of U.S. Multilateralism
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Interview / Global 1 minute

暮れゆくテロの年

In this interview with Japan’s Asahi Shimbun, Crisis Group President & CEO Jean-Marie Guéhenno takes a look at important political developments in 2015 – particularly the evolution of terrorist movements – and prospects for the year 2016. The interview first appeared on 11 December 2015 in the newspaper's print edition.

相次ぐテロ、出口の見えないシリアと中東の国々の内戦、膠着(こうちゃく)状態のウクライナ情勢——。危機に包まれて、2015年が間もなく暮れる。私たちは今、歴史のどんな局面にいるのか。2016年に希望はあるか。紛争解決に長年携わるジャンマリー・ゲーノ氏を、パリ同時多発テロ後の緊張が続くブリュッセルに訪ねた。

——パリで大規模なテロが起きました。1月には「シャルリー・エブド」襲撃事件もあり、テロに始まりテロで終わる1年です。

「現代の世界は、情報やコミュニケーション、ヒト・モノ・カネの移動によって結びついています。でも(その回路を通じて)伝わってくるものをどう解釈するかは、場所や立場によって大きく異なります。世界はグローバル化されると同時に、バランスを崩し、細分化されているといえます」

「テロを解く鍵はここにあります。バランスが崩れ、分断と対立が続く状況だからこそ、過激派組織『イスラム国』(IS)が栄えているのです」

「テロの危険性は、社会をさらに細分化することにあります。パリのテロによって、フランスという国家の統合が破壊され、欧州が分断される恐れは拭えません。ISは今、自らの本拠地に生じた細分化状況を、欧州に輸出しようと狙っています」

■ ■

——難しい時代ですね。

「2015年を一言で振り返ると、世界の様々な動きに対し、国家がコントロールを失いつつあることが明らかになった、ということでしょう。大国の合意で世界が安定する時代ではもはやない。あり得ないことが突然起きる、驚きの連続の時代です。指導者が決めるトップダウンの出来事が減り、人々が互いに連絡を取り合うボトムアップ型の出来事が増えたからです。テロは、その典型です」

「国家の統制が利かないのは、テロに限りません。地球温暖化も、国家単位では答えが見いだせません。多国籍企業や組織犯罪網など、国家の枠に収まらない存在も力を持ってきました」

——国家が変わると、紛争の形も変化しますね。

「暴力を独占して管理してきた国家が弱まったことで、暴力が拡散しました。以前なら膠着状態で収まっていた紛争が流動的になり、解決が難しくなりました」

「一見、伝統的な紛争に見えるウクライナ危機も、冷戦時のようにはいきません。独立を掲げるウクライナ東部のドネツクは、ロシアから影響を受けるものの、完全にコントロールはされていない。ゲームが複雑になったのです」

——気がめいります。

「朗報がないわけではありません。世界で最も長い紛争の一つであるコロンビア内戦は、和平が見えてきた。スリランカで民主的な選挙が実現し、ミャンマーの状況も進展した。ただ、全体的に見ると2015年は暗い1年ですね」

——国家の力が弱まる一方で、欧州で右翼の支持が高まるなど、ナショナリズムが影響力を強めています。矛盾していませんか。

「ナショナリズムの伸長と、宗教過激派の台頭は、実は同じ現象です。どちらも、冷戦の崩壊に原因があります」

「冷戦とともに消えたのは、マルクス主義だけではありません。個人の自由な行動が勝利したと受け止められたことで、(ソ連に象徴される)『集団行動』への信頼も失われたのです。ただ、個人の価値が高まると、社会の結束が弱くなる。しばらくすると『周囲の人々と共通の価値観を持ちたい』『集団のアイデンティティーに戻りたい』という意識が復活しました。人間はしょせん、個人の成功だけでは満足できないのです」

「そこに、過激な宗教やナショナリズムの花が開きました。ナショナリズムは、政治思想ではありません。単に『みんなと一緒にいたい』という思いなのですから。何かを成し遂げるための結束ができない時代に、進むべき道を指し示すのが、過激な宗教やナショナリズムです。それは、しばしば危険な道なのですが」

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——イスラム教徒の若者がISに参加するのも、同じ意識からでしょうか。

「その通りです。イラクやシリアでは、ISは政治から排除された人々が逃げ込む場所です。でも、欧州からISに参加する人の意識は違う。力への憧れを抱き、漠然と『何か自分個人より大きなものに属したい』と願い、画期的な大プロジェクトの一翼を担えると思い込むのです」

「ただ、ISの力をあまり大げさに考えてはいけません。イスラム教スンニ派の範囲を超えては広がらないからです。ISはその宗派性ゆえに台頭しましたが、宗派性ゆえの限界も抱えています」

——どう向き合うべきですか。

「彼らは対話を拒みます。対立の中に居場所を見つけた彼らにとって、対話は自殺行為ですから。ただ、ISの内部にはアサド政権への反発から銃を手にする人もいて、必ずしもみんながテロリストの仲間ではない。対話が生まれる可能性は常に考えたほうがいい」

「対話することは、相手の立場を正当と認めることではありません。敵との間にこそ対話が必要です。それが外交というものです」

「テロリストへの反撃ばかりに目がくらむと、分断すべき敵を結束させかねません。誰も彼も排除すると、対話の可能性のある人々までIS側に押しやってしまう。ISと戦うには、できるだけ広く結集しなければなりません」

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——2016年はどんな年に?

「シリア問題が打開に向けて動くと期待しますが、楽観的にはなれません。ロシアとの妥協は可能でしょう。ただ、全体状況は大きく変わらないと思います」

——米大統領選の年ですね。

「ブッシュ政権の単独行動主義の反動として、オバマ政権は慎重な態度に終始しました。次は、新大統領が誰であろうと、現在よりも強硬な姿勢を取るでしょう。また、誰であろうと米国の力の限界も認識することになるでしょう」

「逆に、地域大国の重要性は増すに違いありません。例えば、イランやサウジアラビア。国益に対するこだわりは非常に強く、地域での影響力も強まっています。彼らの間に共通の展望があればいいのですが、緊張を招いて、危機の震源ともなり得ます」

「その点、中国は世界大国になる野望を抱いているが、それを前面に出すのはまだ控えています」

——日本はどうなりますか。

「欧州にもいえることですが、日本はもっと開放されるべきです。均一性の高い社会であることは、日本の強みであるとともに、弱みでもあるからです」

「私はフランス人で、仏文化を愛しています。同時に、自分の国はもっと多文化になるべきだとも思います。日本も同様です。私は、日本に行くたびに文化の素晴らしさに感動します。その独自性を保ちつつ、他の文化との対話を進めることが、結局は日本の成功につながるでしょう」

「インターネットを発展させたのが、欧州でも日本でもなく米国だったことから、教訓を得るべきです。グーグル、アマゾン、フェイスブックと、この分野で米企業が圧倒的なのは、米多文化社会で育まれた刷新の機運と無縁ではありません」

——1993年の著書「民主主義の終わり」で、あなたはすでに国家の弱体化を予言しています。

「大枠で予想は当たったと思います。インターネットの発達で、国家の危機はこの先も拡大するでしょう。生身の人間と仮想の空間との間には、すでにずれが生じています。それに伴い、現実の政治形態も変わらざるを得ません。例えば税制。これほど人の移動が頻繁な中でどう徴収するか。徴税の難しさは、国家の本質的な危機につながります」

「私たちが今いるのはルネサンスのような時代です。活版印刷術の発明が価値観を根本から変え、戦乱の時代を招き、安定を求める人々の意識を受けて絶対王制や国民国家が生まれました。現代もやはり、国家の弱体化の反動から、安定への希求が生まれています。20年後には、国家の領土とは異なる枠組みの共同体が機能しているかも知れません」

「『人はパンのみにて生くる者にあらず』と言われるように、利害だけで共同体はつくれません。共同体を束ねるための『価値』『倫理』が問われる時代が来るでしょう。この分野では現在、(過激な)宗教原理主義とナショナリズムが大手を振っています。私たちは、この概念を自分たちの手に取り戻し、ヒューマニズムを通じて再構築しなければなりません」

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